オーストリア(ウィーン)のグラフィックデザインと印刷の歴史

2019-02-12
ギャラリー/イベント

京都国立現代美術館の企画展「世紀末ウィーンのグラフィック」へ行って参りました。1897年の分離派結成から1914年の第一次世界大戦勃発までのウィーン(オーストリア)のグラフィックと家具、プロダクトの展示です。備忘録と勉強録。

オーストリアとデザインについて

ウィーンといえば音楽。モーツァルト、ベートーベンがいた国。ハプスブルク家による旧帝国の歴史が深い国です。貴族と芸術は切り離せませんね。もともと芸術は貴族のためにあったようなものです。19世紀〜20世紀は、純粋芸術と応用芸術(貴族と民衆)が統合しようとしていた頃です。

特に興味深かったのは、印刷には木版画と日本製の和紙が使われていたこと。なぜ和紙がウィーンで?後述しますが、日本とヨーロッパにおける芸術交流や、印刷の歴史がとても面白かったです。

I. ウィーン分離派とクリムト

1897年から始まります。以下、展示パネルの説明から抜粋です。

「時代にはその芸術を、芸術にはその自由を」というモットーを掲げたウィーン分離派(正式名称:オーストリア造形芸術家協会)の結成。グスタフ・クリムトを中心とする19人の創立会員たちが世界に通用する新しいオーストリア芸術を創造することを目指し、旧態然とした芸術・デザインさらにはそれを取り巻く環境を刷新。国内外の先進的な芸術・デザインの動向を紹介する展覧会の開催(ヨーゼフ・マリア・オルプリヒ設計の分離派会館にて)と、機関紙「ヴェル・サクルム(聖なる春)」の刊行という活動を始める。表紙から広告に至るまでトータルにデザインされたこの機関紙は、展覧会同様、分離派が理想とした「総合芸術」をまさに体現するものだった。

要約すると、オーストリアの新しい芸術を世界に発信するべく、保守的であった既存の芸術家団体(クンストラーハウス)と対峙し、「オーストリア造形芸術協会」を結成。展覧会の開催や広報誌の刊行という活動を行ったということですね。「ウィーン分離派」には、グスタフ・クリムトを中心に、オットー・ワーグナー、ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ、ヨーゼフ・ホフマン、コロマン・モーザーなどがいたようです。

この頃のデザイン(芸術)はアール・ヌーヴォースタイルが主流でした。凝った造形が特徴の有機的なデザインです。ウィリアムモリスによるアーツ・アンド・クラフツ運動(粗悪品の大量生産から芸術性の高い手仕事回帰へ)とも連動していますね。

アール・ヌーヴォースタイル

アール・ヌーヴォースタイル

花や植物などの有機的なモチーフ、自由曲線の組み合わせ、従来の様式にとらわれない装飾性、鉄やガラスといった当時の新素材の利用をする革新的な芸術様式のこと。この頃のヨーロッパでは大流行。動物、鳥、植物などが背景にびっしり描かれていたり、フォントは特徴的なレトロスタイル。

metropolisフォント

アール・ヌーヴォースタイルのフォント

時代のトレンドを表すデコラディブなフォント。AdobeCS3に入っていた「metropolis」というフォントに似た形のオールドスタイルです。ほとんどのデザインに使われていたので、この時代、オーストリア周辺で流行っていたんだと思います。ヨーロッパらしいフォントですね。

II. 新しいデザインの探求

産業技術の発展により、新しい製造工程で作り出されるデザインが必要とされ、さらにそれを集めた図案集が刊行されるようになります。ウィーン工芸学校出身のデザイナーが中心となり、住宅、インテリア、家具をはじめ、宝飾品からドレス、日用品、本の装幀など、生活全般に関わる様々な分野のデザインを現代ウィーン独自のスタイルで作り出していました。

展示には細かい線が描かれた設計図や建築画があり、恐ろしく気の遠くなるような作業に思えました。そしてその図案から製品化し、社会へ広がるきっかけとなった「ウィーン工房」。講師であるヨーゼフ・ホフマンとモーザーが1903年に設立した工房です。

驚くことに、活躍していたデザイナーは男性だけでなく、女性も多かったとのこと。一方で、ウィーン工房のデザインは装飾を否定する建築家アドルフ・ロースからは批判を受けたようです。おそらくこの後の世代が、私の好きなバウハウスによるモダニズムです。

縁のデザインがとても可愛い。隅々まで丁寧に作られていますね。

Ⅲ. 版画復興とグラフィックの刷新

この頃の版画には、凸版(当時の銅版画)と凹版(当時の木版画)が存在していたようですが、ウィーン分離派の芸術家たちは凹版を主に使用していたようです。これは19世紀に行われた万国博覧会(1873年のウィーン万博?)により、西洋で巻き起こった日本の多色木版画(浮世絵)ブーム(ジャポニズム)によるものだそうです。展示作品には木版画と和紙という組み合わせが多く見られました。

ちなみに浮世絵の制作技法を広めたのはエミール・オルリークという人物で、第6回分離派展(1900年/日本美術工芸特集)で多色木版画の制作技法を伝えたと説明書きがありました。さらに、リノカットモノタイプリトグラフといった様々な技法と取り組み、版画の新たな地平を開拓していったようです。印刷の歴史として、この辺りは面白いです。

版画の種類(昔の印刷技法)

リノカット

凸版。リノリウムと呼ばれるコルクや木の粉から作られる合成樹脂材を彫って版にする版画の技法の一種。 木版よりも柔らかく、木目の制約を受けないため、どの方向にも綺麗に彫ることができる。

モノタイプ

平版。ガラス、金属板、アクリル、塩ビ板などの平らな素材に絵を描画し、乾燥する前に紙を上にのせ、圧力をかけて絵を転写する方法。

リトグラフ

石版(平版)。水と油の反発作用を利用した版種で、石板の上に絵を描画し、掘って製版し、インクを刷る。描写したものをそのまま紙に刷ることができ、多色刷りも可能。版重ねによる艶を有した独特の質感も実現できる。

補足:現代の印刷の種類

凸版

トッパン。凸の部分にインクをのせ描写する製版技術。活版印刷、フレキソ印刷とも呼ぶ。ハンコのように紙に押しつけて印刷するので、紙にエンボスのようなへこみが出るのが特徴。高級名刺でおなじみ。

凹版

オウハン。凸版の反対で、凹の部分に溜まったインクで描写する。凹の深さによりインクの濃淡を調節できるため、写真表現に向いているとされる。別名グラビア印刷。紙幣はこの技法で印刷されている。

平版

ヘイハン。平らな板にインクをのせて紙に刷る。現代ではもっとも主流なオフセット印刷。ブランケット(ゴム胴)に転写(off)してインクを刷りとる(set)工程で、モノタイプとリトグラフを合わせた進化版。

孔版

コウハン。描画部分の版にメッシュ状の穴をあけインクを流し刷る。シルクスクリーン印刷。インクがメッシュに抜けないと印刷できないため、細い線や細かい文字は出にくい。多色のグラデーションは表現できない。

有版印刷と無版印刷

現代では一般の人も多く利用するネット印刷。使われているのは主に「オンデマンド印刷」と「オフセット印刷」です。二つの違いは製版が有るか無いか。

オンデマンド印刷は、インクジェットやレーザープリンターのように製版なしで印刷するので、100枚以下の小部数印刷は安く印刷でき、1000枚を越える大部数印刷だと割高になるという特徴があります。一方のオフセット印刷は版がある分、大部数になると安くなります。1万枚を超えるような印刷に関しては、ロール式のグラビア印刷が早くて低コストになるようです。

機械なしで手作業で版を掘っていたことを考えれば、印刷はとても貴重な職人仕事だったことがわかりますね。

Ⅳ. 新しい生活へ

純粋芸術(絵画や彫刻)と応用芸術(生活のための商業芸術)の分別をなくし、総合芸術としての発信を目指していたウィーン分離派は、ありとあらゆる分野のグラフィックの刷新に熱心に取り組みました。この当時、絵画は貴族階級のためのもので、市民階級には見る機会がなかったのでしょう。フランダースの犬でもそんなシーンありましたし。。

そんな中、街角を「貧者のための絵画ギャラリー」にすると称され作られたポスターや、イラストや写真が豊富に掲載された雑誌の刊行、劇場やキャバレーのプログラムなど、今では当たり前の商業広告や雑誌、グラフィックデザインが登場します。

また、グラフィックの啓蒙的役割に注目し、児童書シリーズ「ゲルラハ青少年叢書」を刊行。装丁から中身まで、全てが芸術家によって作られた総合的芸術活動であるブックデザインは極めて重要な制作分野だったようです。ウィーン工房は自前の装丁工房を運営しており、国営印刷所と協働していたようです。

ウィーンカレンダー

その頃のカレンダーがとてもかわいく、曜日の構図が縦並びというところも珍しいです。色の使い方はビビッドなミッドセンチュリーカラー。スピン(しおりのような紐)も立体的にデザインされてます。昔のデザインには宗教的なイラストが多く使われています。

グラフィックデザインの歴史=印刷と時代の歴史

今回はウィーンがメインだったので、クラシック音楽関連のパッケージや装丁もたくさんありました。楽譜もちらほら。現代の機械的なデザインもいいですが、私はこの時代の手作り感満載のグラフィックも好きです。今は世界中どの都市に行っても似たようなデザインなので、各都市の特色が消えつつありますね。

もっと知りたい方は、この時代(19世紀〜20世紀)のグラフィックデザインを1000点集めた「THE POSTER」という本がおすすめ。かなり見応えがあるので紹介しておきます。

グラフィックデザインの永久保存版「THE POSTER」【おすすめのデザイン本】 – freespace

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